大判例

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高松高等裁判所 平成9年(行コ)1号 判決

控訴人

並木武

右訴訟代理人弁護士

酒井精治郎

山下清

被控訴人

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

鈴木正紀

外五名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し、金一五万九八五四円及びこれに対する平成三年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の裁判を求めた。

二  本件における事案の概要は、次のとおり訂正するほかは原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四頁六行目の「相殺徴収した」を「精算して徴収した」に、同頁九行目から一〇行目にかけての「原告主張の不当利得返還請求権と一部相殺された」を「精算して徴収された」に、同頁一〇行目の「右相殺」を「右」にそれぞれ改める。

2  同七頁六行目の「決定(以下「本件不承認処分」という。)し、」から同頁七行目の末尾までを「決定(以下「本件不承認処分」という。)した。」と改める。

3  同八頁一行目の「一般人向け」を削除する。

4  同一一頁三行目の「勤勉手当」を「勤勉手当等」に改める。

5  同一六頁二行目の「控除した。」の次に改行のうえ、次の文章を加える。

「なお、本件相殺の理論は次のとおりである。

給与に過払いのあった場合には、その返納債権は国の債権として、「国の債権等に関する法律(以下「債管法」という。)」の適用を受け、この存在を知った歳入徴収官等は政令に定める債権に該当する場合を除いて納入の告知をしなければならない(同法一三条一項)。しかし、右政令(同法施行令一四条四号)によれば、職員に対して支給する給与の返納金に係る債権については、過払いと控除が同一年度内に行われる限り、当該職員に対して納入の告知をする必要はなく、支払うべき給与から返納金に係る債権金額の全部を控除して徴収してよいと定められており、この場合には、納入の告知ないし相殺の意思表示をすることなく、給与簿上の精算措置で足りることになる。そして、右給与簿上の精算措置が許されるのは、人事院規則(俸給等の支給)一条の二第一項の趣旨に鑑み、職員の経済生活安定をおびやかすおそれのない場合に限られる。

本件においては、服務監督官である森田部長は、平成三年二月一日、控訴人の勤務につき平成二年七月二〇日から同月二九日までの期間について欠勤とすることを決定し、右期間の給与については、給与法一五条に、また、右欠勤を原因とする平成二年一二月期の勤勉手当ての過払い分については人事院規則九―四〇(期末手当及び勤勉手当て)一一条二項三号に、平成二年八月の通勤手当については同規則九―二四(通勤手当)一一条に基づき、平成三年二月分の控訴人の給与から、債管法施行令一四条四号及び人事院規則(俸給等の支給)一条の二第一項の趣旨から導かれる職員の経済生活安定をおびやかすおそれのない場合に該当するとして、給与簿上の精算を行った。

仮に、本件の場合、債管法施行令一四条四号の要件を欠くなどして、給与簿上の精算を行えず、したがって、相殺の意思表示をしなければならないとしても、被控訴人は、控訴人に対し、平成三年二月分の俸給を支給するに際し、過払精算が行われ、相殺した旨が明らかにされている給与支給明細書を交付することによって、相殺の意思表示をなし、この意思表示は控訴人に到達した。」

6  同一六頁一一行目の「本件相殺」の前に、「債管法及び同法施行令一四条四号によれば、職員に対して支給する給与の返納金に係る債権については、過払いと控除が同一年度内に行われる限り、支払うべき給与から返納金に係る債権の全部を控除して徴収してよいと定められており、この場合には、給与簿上の精算措置で足りるものとされており、本件においては、平成三年二月一日減額決定がなされているから、同月分からの給与減額は給与簿上の精算措置で足りるというべきである。仮に、給与簿上の精算措置で足りず、相殺が必要であったとしても、」を加える。

7  同一九頁六行目の冒頭(1)から同頁一〇行目末尾までを削除する。

三  証拠

証拠関係は原審及び当審の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、被控訴人の請求は正当として認容され、控訴人の反訴請求は理由がないのでこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二〇頁四行目の「二八」の次に「、乙三六の1、2、三九の1、2、四〇、五三の3、4、」を加え、同頁五行目の「によると」の前に「及び弁論の全趣旨」を加える。

2  同二一頁七行目の「観光旅行」を「一般人向けのドイツ観光旅行(控訴人は、文化交流協会の設立目的や実体からして、観光旅行と称するのは不当である旨主張するが、後記2(三)(2)で判断しているとおり、観光旅行と称しても何ら差し支えはない。)」に、また、同頁一一行目の「通訳・ガイドとして」を「通訳・ガイドが欠けたときは自らが」とそれぞれ改める。

3  同二三頁五行目「参加者募集」を「参加者募集やドイツ短期留学生派遣活動等」に改め、同二五頁三行目「被告本人)」の次に「及び弁論の全趣旨」を加える。

4  同三二頁一一行目の「観光地を移動し、」の次に「旅行日程の前半は」を加える。

5  同三五頁三行目の末尾の次に「右判例の趣旨は、大学の教授においても妥当するものである。」を加える。

6  同三九頁八行目の「実施した」を「実施し、また、学生達に対し、提出期限が平成二年九月初めのレポートの提出を命じていた」に、同四〇頁七行目の「実施したことについても、」を「実施したことについては、仮に、控訴人の主張のとおり、右試験後にレポートの提出を命じた事実があったとしても、」に改める。

7  原判決六二頁一一行目の「証拠(甲一二の1ないし4、二四、証人森田勝美)によると」を「証拠(甲一二の1ないし4、二四、三七、三九、四〇、証人森田勝美)及び弁論の全趣旨によると」に、同六四頁一行目の「平成三年二月一七日」の次に「ころ」を加え、同頁五行目の「控除し、」の次に「その旨を記載した明細書を交付すると共に、」を加える。

8  原判決六七頁三行目冒頭から同七六頁六行目末尾までを次のとおりに改める。

「 (一) ところで、給与(通勤手当、勤勉手当を含む。)に過払いのあった場合には、債管法によれば、原則として、納入の告知をして、返納させなければならない(同法一三条一項)。しかし、同法施行令一四条四号によれば、職員に対して支給する給与の返納金に係る債権については、過払いと控除が同一年度内に行われる限り、当該職員に対して納入の告知をする必要はなく、支払うべき給与から返納金に係る債権の全部を控除して徴収することができることを規定しているものと解されるのであって、この場合には、納入の告知ないし相殺の意思表示をすることなく、給与簿上の精算措置で足りるものとされている。本件においては、平成三年二月一日減額決定がなされているから、同月分からの給与減額は給与簿上の精算措置で足りるというべきである(給与の減額事由の発生が本件申請に対する不承認処分の決定時であるとしても同様の結論になる。)。

この点について、控訴人は、本件相殺は、労働基準法二四条一項に定める賃金全額払の原則に違反して許されないと主張する。ところで、国家公務員法付則一六条の規定によれば、労働基準法は適用されないと解されるものの、人事院規則九―七(俸給等の支給)一条の二が「何人も、法律又は規則によって特に認められた場合を除き、職員の給与からその職員が支払うべき金額を差引き、又は差し引かせてはならない。」と定めていることからすれば、労働基準法二四条一項の趣旨が尊重され、同規定とほぼ同様の定めがなされているものと解するのが相当である。したがって、本件相殺は、人事院規則九―七(俸給等の支給)一条の二、債管法同法一三条一項、同法施行令一四条四号より、形式的には給与簿上の精算措置で足りると解され、前記認定事実によれば、控訴人の平成三年二月分の給与について、これがなされたものと認められるが、この場合においても、債管法施行令一四条四号の趣旨は、通常給与の支払に関して起こりがちな過不足払の調整を合理的な期間に限って行う趣旨のものであるから、過不足払の調整を越えて、受給者の経済生活の安定を脅かす場合には、給与の全額払の趣旨からして許されないというべきである。

以下において、本件相殺が控訴人の経済生活の安定を脅かす場合に該当するかどうか検討する。

(二) 前記認定のとおり、控訴人の平成三年二月分の給与は、四一万三五五三円であり、本件相殺分は合計一五万九三二七円で、その差額として支払われた給与額は二五万四二三一円であって、その減給率は小さいものとはいえない。しかし、民事執行法及びその施行令においては、給与額が二八万円を越える者に対する給与債権の差押については、その差押禁止の範囲が月額二一万円と定められており、控訴人の手取額はこれを四万円余越えていること、本件相殺はいきなり行われたものではなく、控訴人は、既に認定のとおり、本件不承認処分を受けながら、本件海外旅行を強行した際に、森田教授からそのようなことをすれば、法令に基づく処分がされると警告を受けており、したがって、将来において欠勤による減給は当然に予想でき、控訴人もこれを認識していたと認められるところであり、また、調査委員会の活動も熟知していたというべきであるから、これらの事情を総合して考えると、本件相殺は、控訴人の経済生活の安定を脅かすまでにいたらないというべきである。

(三) 仮に、債管法施行令一四条四号の趣旨が給与の支払に関して通常起こりがちな過不足払の調整を合理的な期間に限って行う趣旨のものであり、本件のようにその月の給与の三分の一を越えるような清算は予定していないと解しても、前記認定事実及び既に判示したところによれば、本件相殺の意思表示(森田部長は控訴人に対し、平成三年二月ころ、同年二月分の給与から本件相殺を行う旨を通知し、同年二月一七日ころには、その旨の記載がなされた給与支払明細書を交付しているから、遅くとも、本件相殺の意思表示は同年二月一七日ころには控訴人に到達したものと認められる。)は、過払のあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、かつ、経済生活の安定を脅かすまでにいたらない場合であるから、有効というべきである(最判昭和四四年一二月一八日参照)。

4 結論

以上の認定・判断によれば、控訴人の平成三年二月分の給与に未払分はないから、反訴請求は失当である。」

二  よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大石貢二 裁判官 溝淵勝 裁判官 重吉理美)

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